「ねむい」
前回から引き続き、チェーホフの短編小説『ねむい』を引用します。
眠いときに深夜の羽毛 布団 販売番組を見たときかのような気分になる小説です。
・・・
赤んぼは泣いている。
さっきから泣きつづけて、もうとうに声がかれ、精根つきているのだけれど、あい変らず泣いていて、いつやまるのかわからない。
ヴァーリカは、ねむくてたまらない。
眼がくっつきそうだし、頭は下へ下へと引っぱられ、首根っこがずきずきする。
まぶたひとつ、唇ひとつ、うこかすこともできず、まるで顔がかさかさに乾あがって木になって、頭は留針のあたまみたいに、縮まったような気がする。
「ねんねんよう、おころりよ」と、彼女はつぶやく「お粥をこさえてあげましょう・・・」
暖炉のなかで、コオロギが鳴く。
となりの部屋では、ドアこしに、主人と徒弟のアファナーシイのいびきが、間をおいて聞こえる。
・・・揺りかごは悲しげにきしり、当のヴァーリカはぶつぶつつぶやく・・・
それがみんな一つに溶けあって、夜ふけの寝んねこ唄を奏でているのを、寝床に手足をのばして聞いたら、さぞ楽しいことだろう。
ところが今は、せっかくのその音楽も、いらだたしく、くるしいだけだ。
というのは、うとうと眠気をさそうくせに、眠ったら100年目だからだ。
まんいちヴァーリカが寝こんだら最後、旦那やおかみさんに、ぶたれるだろう。
燈明がまたたく、みどり色の光の輪と影が、また動きだして、ヴァーリカの半びらきの、じっとすわった眼へ這いこむと、はんぶん寝入った脳みそのなかで、もやもやした幻に組みあがる。
見ると、くろ雲が、空で追っかけっこをしながら、赤んぼみたいに泣いている。
・・・