今回も、チェーホフの短編小説『ねむい』の続きです。
この小説を読むと、毎晩羽毛 フトンでぐっすり眠れる自分がいかに幸せなのかわかります。
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そこへ、さっと風が吹いて、雲が消えると、ヴァーリカには、いちめんぬかるみの、ひろい街道が見えだす。
街道には、荷馬車の列がつづき、背負い袋をしょった人たちがよたよた歩いて、何やら物影が行ったり来たりしている。
両側には、冷たい、すごい錺をとおして、森が見える。
と急に、背負い袋と影をしょった人たちが、ぬかるみの地べたへ、ばたばた倒れる。
・・・「どうしたの?」と、ヴァーリカがきく。
「寝るんだ、寝るんだ!」と、みんなが答える。
そして、みんな、ぐっすり寝入る。すやすや眠る。
ところが電信の針金に、鴉やカササギがとまっていて、赤んぼみたいに帰き立てては、みんなを起こそうと精を出す。
「ねんねんよう、おころりよ、唄をうたってあげましょう・・・」と、ヴァーリカはつぶやくと、今度は自分が、暗い、むんむんする百姓小屋のなかにいるのが見える。
(中略)
「ヴァーリカ、赤んぼを揺すっておやり!」と、最後の言いつけがひびく。
暖炉のなかで、コオロギが鳴く。
天井のみどり色の光の輪と、ズボンや裸裸から落ちる影が、またもやヴァーリカの半びらきの眼へ這いこんで、目くばせしながら、彼女の頭をもやつかせる。
「ねんねんよう、おころりよ」と、彼女はつぶやく。
「唄をうたってあげましょう・・・」
が、赤んぼは泣いている。精根からして泣きつづける。
ヴァーリカにはまたもや、ぬかるみの街道や、背負い袋をしょった人たちや、ペラゲーヤや、父親のエフィームが見える。
何もかも彼女にはわかるし、だれの顔も見わけがつくけれども、ただなかば夢見ごこちのせいか、どうしても呑みこめないのは、自分の手足を鎖でしばって、ぐいぐい圧しつけ、生きる邪魔をしている或る力の正体だ。
彼女はあたりを見まわして、その力からのがれようと、相手のすがたを捜すけれど、どうも見つからない。
とうとう仕舞いに、へとへとになった彼女は、あらんかぎりの気力をしぼり、かっと眼を見すえて、ちらちらしているみどり色の輪をふり仰ぎ、泣きたてる声に耳を澄ますと、やっとのことで、生きる邪魔をしている当の敵をみつける。
その敵は赤んぼなのだ。
彼女は笑いだす。呆れたものだ。こんな些細なことが、なぜもっと早くわからなかったんだろう?
みどり色の光の輪も、もの影も、いやコオロギまでが、けらけら笑って、呆れているみたいだ。
ありもしない想念が、ヴァーリカを支配する。
彼女は円椅子から立ちあがって、顔いっぱい笑みくずれながら、またたきもせずに、部屋のなかを行きつもどりつする。
もうすぐ、自分の手足を鎖でしばっている赤んぼから逃れられるのだと思うと、嬉しくってぞくぞくする。
・・・赤んぼを殺して、それから眠るんだ、眠るんだ、眠るんだ・・・
笑いだしながら、目くばせしながら、みどり色の光の輪を指でおどしながら、ヴァーリカは揺りかごへ忍び寄って、赤んぼの上へかがみこむ。
赤んぼを絞め殺すと、彼女はいきなり床へねころがって、さあこれで寝られると、嬉しさのあまり笑いだし、一分後にはもう死人のようにぐっすり寝ている。
・・・