睡眠の短縮限界

全く眠らないでいることは不可能ですが、椅子に腰かけて、しばらくうとうとすれば十分だという人はときどきいます。


スペインの画家ダリは床の上にブリキ板を敷いて、そのそばの椅子に腰かけ、スプーンを手に持ってうとうとします。


眠りに入るとスプーンが手から落ちてブリキ板にあたって音をたてるので目を覚まします。


スプーンが手から離れてブリキにあたるまでの間の睡眠で十分に元気を回復するといっています。


ダリのいうような状態は誰しも経験しています。


睡眠不足が続いてくると、瞬間的に布団 羽毛の夢を見たり、仕事中に睡魔に襲われて耐えられなくなってきます。


そんなとき机にもたれて1、2分うとうとしただけで頭がすっきりします。


睡眠の専門家が科学的に調べた例では、54歳と30歳のオーストラリアの男性で、1日平均2時間45分しか睡眠をとらなかったという報告があります。


またイギリスの女性で約1時間という報告もあります。


しかし、これらは研究者にとっては大変貴重な例ですが、極めて例外的なことです。

「ねむい」 2

今回も、チェーホフの短編小説『ねむい』の続きです。


この小説を読むと、毎晩羽毛 フトンでぐっすり眠れる自分がいかに幸せなのかわかります。


・・・


そこへ、さっと風が吹いて、雲が消えると、ヴァーリカには、いちめんぬかるみの、ひろい街道が見えだす。


街道には、荷馬車の列がつづき、背負い袋をしょった人たちがよたよた歩いて、何やら物影が行ったり来たりしている。


両側には、冷たい、すごい錺をとおして、森が見える。


と急に、背負い袋と影をしょった人たちが、ぬかるみの地べたへ、ばたばた倒れる。


・・・「どうしたの?」と、ヴァーリカがきく。


「寝るんだ、寝るんだ!」と、みんなが答える。


そして、みんな、ぐっすり寝入る。すやすや眠る。


ところが電信の針金に、鴉やカササギがとまっていて、赤んぼみたいに帰き立てては、みんなを起こそうと精を出す。


「ねんねんよう、おころりよ、唄をうたってあげましょう・・・」と、ヴァーリカはつぶやくと、今度は自分が、暗い、むんむんする百姓小屋のなかにいるのが見える。


(中略)


「ヴァーリカ、赤んぼを揺すっておやり!」と、最後の言いつけがひびく。


暖炉のなかで、コオロギが鳴く。


天井のみどり色の光の輪と、ズボンや裸裸から落ちる影が、またもやヴァーリカの半びらきの眼へ這いこんで、目くばせしながら、彼女の頭をもやつかせる。


「ねんねんよう、おころりよ」と、彼女はつぶやく。


「唄をうたってあげましょう・・・」


が、赤んぼは泣いている。精根からして泣きつづける。


ヴァーリカにはまたもや、ぬかるみの街道や、背負い袋をしょった人たちや、ペラゲーヤや、父親のエフィームが見える。


何もかも彼女にはわかるし、だれの顔も見わけがつくけれども、ただなかば夢見ごこちのせいか、どうしても呑みこめないのは、自分の手足を鎖でしばって、ぐいぐい圧しつけ、生きる邪魔をしている或る力の正体だ。


彼女はあたりを見まわして、その力からのがれようと、相手のすがたを捜すけれど、どうも見つからない。


とうとう仕舞いに、へとへとになった彼女は、あらんかぎりの気力をしぼり、かっと眼を見すえて、ちらちらしているみどり色の輪をふり仰ぎ、泣きたてる声に耳を澄ますと、やっとのことで、生きる邪魔をしている当の敵をみつける。


その敵は赤んぼなのだ。


彼女は笑いだす。呆れたものだ。こんな些細なことが、なぜもっと早くわからなかったんだろう?


みどり色の光の輪も、もの影も、いやコオロギまでが、けらけら笑って、呆れているみたいだ。


ありもしない想念が、ヴァーリカを支配する。


彼女は円椅子から立ちあがって、顔いっぱい笑みくずれながら、またたきもせずに、部屋のなかを行きつもどりつする。


もうすぐ、自分の手足を鎖でしばっている赤んぼから逃れられるのだと思うと、嬉しくってぞくぞくする。


・・・赤んぼを殺して、それから眠るんだ、眠るんだ、眠るんだ・・・


笑いだしながら、目くばせしながら、みどり色の光の輪を指でおどしながら、ヴァーリカは揺りかごへ忍び寄って、赤んぼの上へかがみこむ。


赤んぼを絞め殺すと、彼女はいきなり床へねころがって、さあこれで寝られると、嬉しさのあまり笑いだし、一分後にはもう死人のようにぐっすり寝ている。

・・・

「ねむい」

前回から引き続き、チェーホフの短編小説『ねむい』を引用します。


眠いときに深夜の羽毛 布団 販売番組を見たときかのような気分になる小説です。


・・・


赤んぼは泣いている。


さっきから泣きつづけて、もうとうに声がかれ、精根つきているのだけれど、あい変らず泣いていて、いつやまるのかわからない。


ヴァーリカは、ねむくてたまらない。


眼がくっつきそうだし、頭は下へ下へと引っぱられ、首根っこがずきずきする。


まぶたひとつ、唇ひとつ、うこかすこともできず、まるで顔がかさかさに乾あがって木になって、頭は留針のあたまみたいに、縮まったような気がする。


「ねんねんよう、おころりよ」と、彼女はつぶやく「お粥をこさえてあげましょう・・・」


暖炉のなかで、コオロギが鳴く。


となりの部屋では、ドアこしに、主人と徒弟のアファナーシイのいびきが、間をおいて聞こえる。


・・・揺りかごは悲しげにきしり、当のヴァーリカはぶつぶつつぶやく・・・


それがみんな一つに溶けあって、夜ふけの寝んねこ唄を奏でているのを、寝床に手足をのばして聞いたら、さぞ楽しいことだろう。


ところが今は、せっかくのその音楽も、いらだたしく、くるしいだけだ。


というのは、うとうと眠気をさそうくせに、眠ったら100年目だからだ。


まんいちヴァーリカが寝こんだら最後、旦那やおかみさんに、ぶたれるだろう。


燈明がまたたく、みどり色の光の輪と影が、また動きだして、ヴァーリカの半びらきの、じっとすわった眼へ這いこむと、はんぶん寝入った脳みそのなかで、もやもやした幻に組みあがる。


見ると、くろ雲が、空で追っかけっこをしながら、赤んぼみたいに泣いている。


・・・

眠らないとどうなるの?

動物実験ではもっと徹底した実験があります。


生まれてから3、4ケ月のイヌを2つの群に分けて、一方は羽毛 布団で眠らせるけれども食べ物はやらないのです。


もう一方は眠らせませんが、食べ物はいくらでも与えるようにして観察してみると、眠らせない方は半月ぐらいで死んでしまいますが、眠らす方は食べ物をやらないのになかなか死にません。


眠らないで死んだイヌを解剖して調べてみると、脳の細胞がひどく傷害されていました。


つまり眠らないと脳の細胞がやられてしまうのです。


俗に神経を休めるといいますが、脳を休養させることが眠ることの一番大きな役目ということになるのです。


身体の方はたとえ眠らなくても動かずにいれば休まりますが、神経の方は眠らないと休まらないでまいってしまうのです。


眠らないとどんなに脳がまいってしまうかということを、チェーホフの短編『ねむい』はおそろしいほど見事に描いています。


・・・


夜ふけ。


13になる子守り娘のヴァーリカが、赤んぼの臥ている揺りかごを揺すぶりながら、やっと聞こえるほどの声で、つぶやいている。


ねんねんようおころりよ、唄をうたってあげましょう。・・・


聖像の前に、みどり色の燈明がともっている。


部屋の隅から隅へかけて、細引が一本わたしてあって、それに棚裸や、大きな黒ズボンが吊してある。


燈明から、みどり色の大きな光の輪が天井に射し、襯裸やズボンは、ほそ長い影を、暖炉や、揺りかごや、ヴァーリカに投げかけている。


・・・燈明がまたたきはじめると、光の輪や影は活気づいて、風に吹かれているように動きだす。


むんむんする。


キャベツ汁と、商売どうぐの靴革のにおい。

逆説的睡眠実験

誰しも一度は、私たちは本当に眠らなくてはいけないのだろうかと考えたことがあるでしょう。


実際にこの問題に挑戦した元気のいい若者たちがいます。


たとえば、1958年にニューヨークのディスク・ジョッキーが連続200時間覚醒し続けました。


彼はタイムズ・スクエアにあるガラス張りのブースのなかから毎日放送をしました。


200時間の終り近くになって舌がもつれだし、そのうちに夜間に妄想が現われてきました。


自分の知らない敵が食べ物や飲み物のなかに薬を入れて、自分を眠らせようとしているといいだしたのです。


日本でも1966年に東京大学の脳研究所所長だった故時実利彦教授が企画された23歳の芸大生の100時間の断眠実験があります。


彼の場合も、1日目は何ともなかったのですが、2日目から少しあやしくなり、3日目には目を離すと立っていても眠ってしまうので、絶えず羽毛 ふとんで眠らないように刺激してやらないといけなくなったそうです。


3日目を過ぎると思考力、判断力、注意集中などが急激に鈍り、錯覚や幻覚が現われるようになりました。


ところが、身体の方は何ともなく、食欲もあり、心臓、肺臓、胃腸、体温などには何の異常もみられなかったのです。


・・・結局、私たちは48時間は眠らないで正常な精神活動ができますが、それ以上になると駄目だということになります。

新しい睡眠の可能性

睡眠とは、考えてみると不思議な現象ですよね。


夜になると別に寝ようと思わないのに、なんとはなしに眠くなります。


そして横になると、いつのまにか眠ってしまう・・・。


なぜ眠るのでしょう。


眠らないですめばもっと仕事ができるし、この世の中をもっと楽しむことができるのに。


人生の3分の1を何もしないで眠ってしまうのは、はなはだもったいない話ですね。


なぜ私たちは眠るのでしょうか。


どの位まで睡眠時間を切りつめられるでしょうか。


本当に眠りは私たちにとって必要なのか・・・という疑問をもつ人たちが少なくないようです。


このような疑問への答えは、睡眠時間の個人差を調べたり、断眠の効果を観察することで得られます。

睡眠リズムの生理学

実験的に体内時計の所在を探すのにラットがよく使われます。


ラットはヒトと異なり、昼間不活発となり、夜間活動的となる夜光性の動物ですが、自発運動などの行動にはっきりしたサーカディアン・リズムがみられるからです。


回転ドラムを使ってラットのサーカディアン・リズムを記録する方法を示してあります。


このラットの脳のいろいろな部位を破壊してみると、サーカディアン・リズムを消失させるのは、視床下部を破壊したときのみです。


最近になって視床下部のなかでも、視交叉上核だけを破壊すると、水飲み行動、車回し行動、睡眠・覚醒リズムなどラットのいろいろな行動のサーカディアン・リズムが消失することが明らかにされました。


ヒトの第三脳室の腫瘍でもおそらく視交叉上核が破壊されているのでしょう。


視交叉上核が体内時計の座であるとすると、ここには網膜から直接の神経連絡があるので、視交叉上核の体内時計は目から入る光によって明暗サイクルに同調させられることが考えられます。


これで、25時間の内在リズムが24時間になるしくみもよく理解できるでしょう。


しかし、ヒトの揚合、最も強力な同調因子は光刺激ではなくて、社会的刺激(周りの人の動きや騒音、他人との接触、新聞やテレビ、家庭生活など)であるといわれています。


動物とちがってヒトでは大脳皮質が非常に発達しています。


高等な精神機能をもつヒトの揚合には、光よりも自分の意思とか社会環境が大きな役割を持っているはずです。


これには能生理学的な裏づけがあるのです。


覚醒を維持する働きをもつ中脳網様体は感覚神経からの入力ばかりではなく、大脳皮質からの入力があることが示されています。


これが寝食を忘れるほどに夢中になれることの生理学的な基礎です。

睡眠のリズム

こんにちは。


このブログでは、生理学の目線から睡眠についていろいろ考えていきたいと思います。


どうぞ定期的にご覧くださいませ。


ヒトのサーカディアン・リズムは、地下の洞窟のなかで暮させて外界の時間の手がかりを与えられないようにしても、睡眠や体温などの生活機能は二五時間に近い一定の周期をもったリズムが存在します。


このように明暗などの環境の周期的変化がなくても存続するものを内因性のリズムといいます。


このリズムを発生する機構、すなわち体内時計はどこに存在するのでしょうか。


今世紀の初め頃、多くの医師が第三脳室の前端部と視交叉のところの脳腫瘍によって睡眠障害が起こることを認めていました。


この部位の脳腫瘍は早期に睡眠障害を起こしてくるのが特長です。


脳のその他の部位の腫瘍では末期になって、脳圧が高くなると嗜眠状態が起こってきます。


また、第三脳室の脳腫瘍の患者は一日に何回も眠りますが、容易に覚醒さすことができるので正常の睡眠と殆ど区別できません。


丁度サーカディアン・リズムが消失した状態と似ています。